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平成31年 新年挨拶

 あけましておめでとうございます。今年も1月4日より外来しております。年末年始は予約が取りづらい状況が続き申し訳ありませんでした。何とか通常通りに戻りつつありますのでご了承ください。
 さて、年末年始は思ったほど寒くもなく過ごしやすい気候だった。初詣などもあまり寒くないので良かった。しかしインフルエンザも流行期に入ったのでご注意下さい。
 今回年末年始でいつもと違ったのは、なんと○十年ぶりに中学校の同窓会があった。幹事の呼びかけでラフに集めたとのことだが20人弱も集まって良かった。N村君ありがとう。なんか自分が発起人みたいになっていたが言い出しっぺと言うだけで何もしてないのになんか申し訳ない。
 久しぶりだと顔がわからない事も多いかと思ったがほとんどわかった。結構みんな変わってないな。みんな笑顔で良かった。でも何ですぐ思い出せるかと考えてみたが話し方、仕草や雰囲気が変わってないからだと思う。特に人数が増えると当時のクラスの中にいたときの人間関係や雰囲気がそのまま残っていたので自然に思い出されたのだと思う。つまり人生重ねても中学の頃見た人格は根っこの部分で全く変わっていないんだ。ほとんどが中学、高校以降の消息を知らなかったので話を聞くとみんな一人一人の人生は千差万別。同じ中学からこんな幅広い人生が広がるとは本当にすごいことだと思う。また不定期でも良いからできると良いな。

平成最後

 さて12月に入った。夏が終わったと思ってからあまり寒さも感じないままだった為かあっという間だった気がする。いろんなイベントが全て「平成最後の」とつくので平成最後の年末か。
それにしても今年は12月に入ってもしばらく暖かい日が続いたためかインフルエンザはあまりはやってない。しかし流石にちょと寒くなってきたのでお身体にご注意を。
 ある日の患者さん退院。退院のセレモニーでご主人、上の子供さんと一緒に記念写真パチリ。おめでとうございますと話しもそこそこに上の子供さんがお母さんお手の引っ張って「はやくはやく!」とせかしてどんどん帰ろうとする。上の子供さんはやっとお母さんが家に帰ってくるのでうれしくてしょうが無い。本当に心待ちにしてたんだろうな。家に帰って家族みんなで平成最後のクリスマス、正月を過ごすのかな。

懐かしの写真集

 最近発売された宇部・山陽小野田の写真集を買った。
昔の市内の様々な場所の町並みが収録されていて、いや〜なつかし〜
特に昭和50年代あたりは自分にとって最も宇部の記憶が残る時期なので特に見ていておもしろかった。でもそれよりずっと昔の写真であっても話には聞いていたので写真で見れたのはおもしろかった。
 昔華やかなりしころの銀天街。あの頃「街に行く」というのはダイエーがそびえる銀天街方面へ出かけることだった。現井筒屋の前身であるちまき屋の写真や屋上の乗り物、ときわ公園の公園になるずっと前の写真。
いろいろ解説もついてて読み応えもあっておもしろかった。

でもこの中で個人的に見ていて非常に強く思い出される風景があった。(かなりローカル中のローカルな話になるが)
それは新天町の昔の床のタイル柄である。
昭和45年に張り替えされた時のタイルは白地にSの字が縦横交互に張られており、これが一文字一文字道幅一杯に縦、横交互に並んでる。

この隙間の空き方が小学校の足の長さから見ると絶妙であった。
つまり白のタイルを踏まないようにS字のタイルの上だけ歩く遊びをするのにちょうど良かった。急ぐ用もなく新天町を通るときはよくやっていた。
多分結構していた子はいたのではないかと思うがどうかな。
このタイル実は滑りやすく、このことが問題で昭和63年に張り替えされてしまったそうだ。
なるほど雨の日とかにタイル渡りやるとちょっと離れたパネルの上に飛び移るとずるっと滑ってひやっとすることがあったなあと懐かしくなった。中学になっても雨の日に自転車で通学時に新天町内を通ると滑りそうで危なかったことを思い出した。これについても覚えている人はいっぱいいるんじゃないだろうか。
現在の新しいタイルもすてきだがタイル渡りしたくなるようなデザインで無くなってしまったな。
もちろんこの年ではもうやらないが・・・

ノーベル賞

 なんと!今年、京都大学の本庶佑名誉教授がノーベル医学生理学賞を受賞された。日本人として京都大学出身として受賞の喜びが全国版で報道されている。また今回受賞となった研究から実用化した免疫療法薬にも改めて注目が集まり大賑わいだ。
 そしてこちら宇部では小、中、高校を地元で過ごされたということで盛り上がっている。そうなんだと慌てて高校の同窓会名簿を見てみると確かに載ってた。(当たりまえか)
自分にとっては遙か上の先輩になるのか。正直離れすぎてて知ってるはずもないのだがとても誇りに思う。山口県出身の人たちがこれでさらに奮起する希望になればうれしい。自分もまたがんばれる気がする。
 それにしても地元の新聞は小、中、高すべて出身校が書かれていたが、おどうやら小学校も一緒らしい。さらに親近感がわくな。

出産予定日

 出産予定日は最終月経開始日から280日、昔の人は十月十日とよく言っていたが、最終月経開始日を元旦にすると閏年でなければ出産予定日は10月8日となるのでほぼ正しい。
なんてことを思いつつ「今日も赤ちゃん元気ですよ」と言いながら予定日を決めていく。
今時分は4月の方の出産予定日が次々に決まっていく。
 4月でよく気にされる問題に学年の問題がある。子の満6歳に達した日の翌日以後に修学させるとあり、また人は誕生日の前日が終了する時(午後12時)に年を一つとるという決まりから、4月2日生の人から新年度となる。
 予定日が4月1日に近いと皆さんお伝えすると「おっ」という表情になる。さらに心配される方は「学年はどうなるんでしょう?」と聞かれる。でも予定日はあくまで予定日なので「こればかりは何ともいえませんね」というしかないところがある。
でもこれって親心だなあ。
 しかし来年はこの後にもっと大きな問題(?)がある。平成31年4月30日に天皇陛下が退位されそして皇太子さまが翌5月1日に即位される。
元号が変わるんだ〜
今度は「平成」から何に変わるのだろうか。お母さんたちは我が子は平成最後と新元号の最初のどちらが良いと思うんだろうかちょっと気になる。
そして昭和生まれの自分はひっそりと年寄り扱いされるのかな。

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