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令和元年となって

 さて年号も令和となり、令和生まれの赤ちゃんが次々と産まれていく。元号以外何も変わったわけではないが新年、新年度とは違う新鮮さがある。証明書の日付も準備はしていながら最初は戸惑ったが慣れてきた。
 新年度の効果は自分にとっても体調に影響して来ていると思う。だからというわけでもないがこの10連休中より分娩、また連休明けから外来と、もちろん全部ではないが1週間のうち数日の外来を定期で自分がやることにした。もちろん無理はしないし(みんなからずっと言われる)、まだしばらく代診の先生にお願いするところは多々あるが、定期以外の外来も出来るところは出てみようとし始めたところだ。
 実際始めてみると割と無理なく出来ているので体調、体力も戻っているって事なのかな。今まで出てなかった曜日の外来に数ヶ月ぶりの診察にでてみると休み初めて以降1回もお目にかかっていない患者さんも結構いて本当にお久しぶりである。ちょっと驚かれるが、いつもの外来をいつも通りすると徐々に落ち着いてくる。
 まだまだ先の見込みはそう遠くまで見通せていないが、分かってきたところからゆっくりと、そして細く長くやっていこうと思う。そう言いながら久しぶりに腹筋したら全然できなくなっているし、その上後でひどい筋肉痛が・・・まあゆっくりと

新元号、新年度、開院5周年

 4月1日に新元号が「令和」と決まった。決定するまでの話や名前の由来がいろいろあるらしいが難しいことはさておき、今回発表会見で聞いた第一印象は違和感なく受け入れやすいと思った。前回平成の時もテレビで発表会見を見たが、そもそも崩御されてから時間が無いためばたばたと慌ただしい発表だった印象があるが、今回は余裕がある分受け入れやすかったのかもしれない。実際の改元は5月1日からだが今回の新元号発表は新年度の時期とも重なったので新たな物事をスムーズに受け入れやすい時期だったということもあるかもしれない。改元後も平和な良い時代となって欲しいな。
 新年度と言えば当院では毎年4月はスタッフみんなで記念写真。今回も例年通りスタッフみんなで撮りました。しかし個人的にいつもと違うのは今年に入ってからの病気のこと。病気が分かってから体感する時間経過がとても長く、この4月へもやっとたどり着いたといった感じ。それだけに無事新年度を迎えられたことは正直感無量である。さらにこの4月で当院は5周年を迎える。開業当初は初期のブログにも書いたがいろんな事が落ち着かなくて一日一日がとても濃密だった。それから徐々に軌道に乗ってくると時間がスムーズに経過するようにはなっていたが仕事も忙しくなりばたばた。そしてこの病気である。なかなか無難な人生は歩ませてくれないらしい。自分の性格のせいも多分にあるが・・・
 前のブログにも書いたように治療も順調に効果がみられ体調も少しずつ良いようである。もうちょっと前から不定期ながら外来診療をちょこちょこ再開しているが、会う患者さんも僕のこと知ってるから僕が「お大事に」と言う前に患者さんの方から「お大事に」と言われてしまい恐縮。まだまだ今の状況で時間かかると思いますが、今年度も当院をよろしくお願いいたします。
それとやっぱりせっかくの5周年記念だからスタッフと大きな事は出来ないけどパーティーはしよう。

 

お見舞い

 先月ブログで病気を公表してからしばらく経ちました。今は代診の先生に来ていただきしっかり休んで体力を温存し、治療に専念しているところです。患者さんや各方面の関係の方々には本当に本当に多大のご迷惑とご心配をおかけして大変申し訳なく思っています。
 今の状況としては入院はしていませんし、この通りブログを書いたり普通通りゆっくり生活しているところです。体調もゆっくり休ませてもらっているおかげで良くなっています。もう少し治療が進むと診療再開を含め方向性が見えてくると思いますので、それまではご不便おかけしますが何卒ご協力の程よろしくお願いいたします。
 さて、各方面に通達したので本当に色々な方から次々と連絡があり、また遠方にもかかわらず多くの方がわざわざこの宇部にお見舞いに来てくれる。本当にありがたい。そしてこれだけ多くの声援や励ましの言葉をもらうと「う~む、こりゃがんばらないといけないな。」と改めてひしひしと感じる。
 来てくれる人の中にはとても久しぶりな方もいて、みなさん心配顔で来てくれる。それなのに自分はありがたいとは思いつつ、なんだか懐かしさがこみあげてきてうれしくなってくる。お見舞いの人の近況も直に話で聞けてとても楽しい。人づてや風の噂で色々話は聞いててもやっぱり会って話す方がその人となり含め良く伝わってくる。こうなると「いや~せっかく久しぶりに会ったし宇部のおいしい店で食事しながら積もる話を」と言いたいところだがまだ行けないのが歯がゆい!でもお見舞いのみんなは僕がちょっと元気があるとすぐ調子に乗って無理する性格をよく知っているのでみんな口をそろえて「くれぐれも無理をするなよ!」と言われる。
はい、おとなしく治療します。

病気

 今年に入ってから調子が悪いと思っていたがあまりにも続くため検査したところ病気が判明!どうやら結構しっかりとした治療が必要と言うことになり、今後は通院治療しながらの診療となります。これに伴いこれまで通りの分娩数を維持することは困難なため急遽受け入れ分娩数を減らすこととなってしまいました。お断りした方達には本当に本当に申し訳ありません。出来るだけ患者さんのご迷惑にならないようにしていこうとは思いますので何卒ご協力の程よろしくお願いいたします。

平成31年 新年挨拶

 あけましておめでとうございます。今年も1月4日より外来しております。年末年始は予約が取りづらい状況が続き申し訳ありませんでした。何とか通常通りに戻りつつありますのでご了承ください。
 さて、年末年始は思ったほど寒くもなく過ごしやすい気候だった。初詣などもあまり寒くないので良かった。しかしインフルエンザも流行期に入ったのでご注意下さい。
 今回年末年始でいつもと違ったのは、なんと○十年ぶりに中学校の同窓会があった。幹事の呼びかけでラフに集めたとのことだが20人弱も集まって良かった。N村君ありがとう。なんか自分が発起人みたいになっていたが言い出しっぺと言うだけで何もしてないのになんか申し訳ない。
 久しぶりだと顔がわからない事も多いかと思ったがほとんどわかった。結構みんな変わってないな。みんな笑顔で良かった。でも何ですぐ思い出せるかと考えてみたが話し方、仕草や雰囲気が変わってないからだと思う。特に人数が増えると当時のクラスの中にいたときの人間関係や雰囲気がそのまま残っていたので自然に思い出されたのだと思う。つまり人生重ねても中学の頃見た人格は根っこの部分で全く変わっていないんだ。ほとんどが中学、高校以降の消息を知らなかったので話を聞くとみんな一人一人の人生は千差万別。同じ中学からこんな幅広い人生が広がるとは本当にすごいことだと思う。また不定期でも良いからできると良いな。

平成最後

 さて12月に入った。夏が終わったと思ってからあまり寒さも感じないままだった為かあっという間だった気がする。いろんなイベントが全て「平成最後の」とつくので平成最後の年末か。
それにしても今年は12月に入ってもしばらく暖かい日が続いたためかインフルエンザはあまりはやってない。しかし流石にちょと寒くなってきたのでお身体にご注意を。
 ある日の患者さん退院。退院のセレモニーでご主人、上の子供さんと一緒に記念写真パチリ。おめでとうございますと話しもそこそこに上の子供さんがお母さんお手の引っ張って「はやくはやく!」とせかしてどんどん帰ろうとする。上の子供さんはやっとお母さんが家に帰ってくるのでうれしくてしょうが無い。本当に心待ちにしてたんだろうな。家に帰って家族みんなで平成最後のクリスマス、正月を過ごすのかな。

懐かしの写真集

 最近発売された宇部・山陽小野田の写真集を買った。
昔の市内の様々な場所の町並みが収録されていて、いや〜なつかし〜
特に昭和50年代あたりは自分にとって最も宇部の記憶が残る時期なので特に見ていておもしろかった。でもそれよりずっと昔の写真であっても話には聞いていたので写真で見れたのはおもしろかった。
 昔華やかなりしころの銀天街。あの頃「街に行く」というのはダイエーがそびえる銀天街方面へ出かけることだった。現井筒屋の前身であるちまき屋の写真や屋上の乗り物、ときわ公園の公園になるずっと前の写真。
いろいろ解説もついてて読み応えもあっておもしろかった。

でもこの中で個人的に見ていて非常に強く思い出される風景があった。(かなりローカル中のローカルな話になるが)
それは新天町の昔の床のタイル柄である。
昭和45年に張り替えされた時のタイルは白地にSの字が縦横交互に張られており、これが一文字一文字道幅一杯に縦、横交互に並んでる。

この隙間の空き方が小学校の足の長さから見ると絶妙であった。
つまり白のタイルを踏まないようにS字のタイルの上だけ歩く遊びをするのにちょうど良かった。急ぐ用もなく新天町を通るときはよくやっていた。
多分結構していた子はいたのではないかと思うがどうかな。
このタイル実は滑りやすく、このことが問題で昭和63年に張り替えされてしまったそうだ。
なるほど雨の日とかにタイル渡りやるとちょっと離れたパネルの上に飛び移るとずるっと滑ってひやっとすることがあったなあと懐かしくなった。中学になっても雨の日に自転車で通学時に新天町内を通ると滑りそうで危なかったことを思い出した。これについても覚えている人はいっぱいいるんじゃないだろうか。
現在の新しいタイルもすてきだがタイル渡りしたくなるようなデザインで無くなってしまったな。
もちろんこの年ではもうやらないが・・・

ノーベル賞

 なんと!今年、京都大学の本庶佑名誉教授がノーベル医学生理学賞を受賞された。日本人として京都大学出身として受賞の喜びが全国版で報道されている。また今回受賞となった研究から実用化した免疫療法薬にも改めて注目が集まり大賑わいだ。
 そしてこちら宇部では小、中、高校を地元で過ごされたということで盛り上がっている。そうなんだと慌てて高校の同窓会名簿を見てみると確かに載ってた。(当たりまえか)
自分にとっては遙か上の先輩になるのか。正直離れすぎてて知ってるはずもないのだがとても誇りに思う。山口県出身の人たちがこれでさらに奮起する希望になればうれしい。自分もまたがんばれる気がする。
 それにしても地元の新聞は小、中、高すべて出身校が書かれていたが、おどうやら小学校も一緒らしい。さらに親近感がわくな。

出産予定日

 出産予定日は最終月経開始日から280日、昔の人は十月十日とよく言っていたが、最終月経開始日を元旦にすると閏年でなければ出産予定日は10月8日となるのでほぼ正しい。
なんてことを思いつつ「今日も赤ちゃん元気ですよ」と言いながら予定日を決めていく。
今時分は4月の方の出産予定日が次々に決まっていく。
 4月でよく気にされる問題に学年の問題がある。子の満6歳に達した日の翌日以後に修学させるとあり、また人は誕生日の前日が終了する時(午後12時)に年を一つとるという決まりから、4月2日生の人から新年度となる。
 予定日が4月1日に近いと皆さんお伝えすると「おっ」という表情になる。さらに心配される方は「学年はどうなるんでしょう?」と聞かれる。でも予定日はあくまで予定日なので「こればかりは何ともいえませんね」というしかないところがある。
でもこれって親心だなあ。
 しかし来年はこの後にもっと大きな問題(?)がある。平成31年4月30日に天皇陛下が退位されそして皇太子さまが翌5月1日に即位される。
元号が変わるんだ〜
今度は「平成」から何に変わるのだろうか。お母さんたちは我が子は平成最後と新元号の最初のどちらが良いと思うんだろうかちょっと気になる。
そして昭和生まれの自分はひっそりと年寄り扱いされるのかな。

風疹急増注意

 今年は風疹がはやっています。今年は8月末の時点ですでに2015〜2017年までの年間累積報告数を超えています。
 妊婦さんにおいては妊娠20週までに感染してしまうとおなかの赤ちゃんが先天性風疹症候群を発症する可能性が高くなります。
 当院でも妊娠初期検査で妊婦の皆さんに風疹の抗体を調べています。検査で十分な抗体を持っていれば大丈夫ですが、抗体を持っていない場合、妊婦さんはワクチン接種が出来ません。妊娠20週までは人混みの多い場所への不要な外出は避けましょう。またご家族から風疹をもらうこともあります。特に30〜50代の男性は抗体を持っていない方が多いのでワクチン接種も検討しましょう。

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